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高次元通信

高次元通信No10【神界3】

24年07月09日

多くの神は今、これからの時代を創るために、ご自分の手足となって動いてくれる人を求めています。神は意志はあっても実体がないため、行動を起こすのに人の手を必要としているのです。ある意味で、神と人が一つになっていくのです。しかし、神とつながるためには、感謝と謙虚さを日々実践しなければなりません。それが必須なのです。

 

【月読神】(つきよみのかみ)
「我は月読神なり。我らは月に住まう者なり。我らは大元の神の命を受けて、地球のすべての生き物がより繁殖するようにしているなり。されど、人類は海を汚染して多くの生き物を死滅させているなり。すでに絶滅した種もあるなり。我らが長きにわたって築いてきた自然の営みを、わずか100年余りでその大方を崩壊させたなり。すでに元の状態に戻すにはかなり厳しい所まで来ているなり。されど、今であれば元に戻すことはできるなり。それを選ぶのは人類自身なり。このまま進めば多くの海の生き物は死滅し、そして陸の生き物も同様になるであろう。さすれば、人類も大方は滅亡するであろう。そのようなことはすでにわかりきっていることなれど。愚かな人類は一向に改める気配は無し。多くの神々や龍神によって改めるようにと、警告が発せられているが、やはり変わることは無し。我らもこれから警告を発するなり。我らは月の住人ゆえ、地球に直接影響を及ぼすことはなきことなれど、月の位置を少しずらすだけで海の流れは変わるなり。さすれば、今までとは異なる天候となろう。冷涼地が灼熱の地となり、多くの川が干上がるであろう。また、ジャングルのように毎日大雨が降る所も出てくるであろう。すでにそれは始まっているなり。人類は月の位置がずれていることに気づくことはなかろう。これからさらに天候は変わっていくであろう。」

 

【大山津見神】(おおやまつみのかみ)
「我は大山津見神なり。我が生んだ神々が今、その力を発揮することができずに閉塞しているなり。神々はそれぞれの力を発揮するために生まれてきたなり。発揮できなければ地球に居座る意味は無しと考えているなり。これらの神が地球を去れば自然は崩れて、多くの生き物が死に絶えるなり。さすれば、人も生き残ることはできなくなるであろう。そのことを人はほとんど知らぬなり。我が生んだ神々は、人からの感謝によってその役目を果たすなり。感謝がなければ動くことは無かれ。動かざれば、自然の営みは止まるなり。風も吹かぬ。雨も降らぬ。日も当たらぬ、さらには大地がひび割れることとなろう。そのことを今一度認識するがよい。できぬのであれば、人は滅びるだけであるなり。神の力を信じることができぬものは、生きる意味は無し。いつまでもそのような考えを持つのであれば、神の力を思い知るがよい。それはすでに現れつつあるなり。この半年が猶予なり。それをこゆれば、いよいよ神の力を間近に感じるようになるであろう。それは多くの自然災害によって。」

 

大山津見神は、自然をコントロールする神々を生み出してきました。それぞれの神には名前はありませんが、山の神や川の神、雨の神に風の神、海の神に森の神などを生み出してきたのです。

 

【磐長姫神】(いわながひめのかみ)
「我は磐長姫神なり。我は多くの民の魂を浄化して、それぞれの神と民をつなぐことが役目なり。されど多くの民がなかなか我欲を取り払うことができぬなり。我欲が強くては神とつながることはできぬなり。我欲を取り払うためには、多くの苦難と試練を与えるなり。いつまでも我欲にとらわれていると、身を滅ぼすなり。神とつながらなければこれからの時代は生きていけぬなり。神の力があってこそ、民は生かされるなり。そのことを多くの民は知らぬなり。神とつながるためには日々、感謝と謙虚さを実践するなり。他に方法は無きなり。神とつながりことができるのは後半年足らずなり。それまでにつながることができなければ、亡びるなり。しかと伝えるなり。亡びるとは、魂自体が亡びるなり。二度とうまれてくることはなきなり。我は神と民をつなぐ神なり。」

 

【八上姫神】(やがみひめのかみ)
「我は八上姫神なり。我は多くの神から伝えられてきた御言葉を、民にわかるように伝えてきたなり。それは神話や唄によって伝えてきたなり。されど、多くの民はそれを真摯に受け取ることもなく、今では忘れ去られているなり。どの神話も唄も、神の切なる思いがこもっているなり。特に、これからの時代をどのように生きていくかが示されているものをしっかりと受け止めなければ、生き残ることはできぬであろう。神と人がつながることが生き残る唯一の方法なり。『かごめの唄』はまさにそのことを伝えているなり。この唄が大昔からわらべの唄として伝えられてきたのは、その唄の意味がわからずとも、何かしらの深いものを感じ取っていたためであろう。されど、この唄を歌って遊ぶわらべもすでにいなくなったなり。この唄の真意が発現される時がきたなり。今一度この唄を歌うがよい。籠は肉体なり、鳥は御霊なり、そして鶴と亀は善悪なり、御霊が肉体から離れて神とつながる時が夜明けの晩なり。神とつながった御霊は肉体を超越させるなり。まさしく、鳥は籠から羽ばたくなり。」

 

【大国主神】(おおくにぬしのかみ)
「我は大国主神なり。我は太古の民の長なり。平和で穏やかな暮らしが続くことを導くことが、我の役目なり。されど、あまりにも民の心は変わり果てたなり。太古の意志を引き継いでいる者はわずかなり。このままではそれらの者も消え失せるなり。我の役目はすでに果たせぬやもしれず。されど、最後の望みをつなぐなり。太古の民の血を受け継ぐ者たちよ、今こそそなたたちが目覚めて立ち上がる時が来たなり。立ち上がるとは、特別なことをするわけではあらず。太古の時と同じように隣人をいたわり、そして愛するがよい。己の我欲を少なくし、隣人のために動くがよい。さすれば太古の民の血を受け継ぐ者たちが少しずつ目覚めるなり。この国の民の百人に一人が目覚めるならば、平和な暮らしができるようになるであろう。されど時があまりにもなきなり。急ぐがよい。一人でも目覚めるように我も懸命に動くなり。我はこの国の古き良き時代の長なり。」

 

太古の民とは縄文人のことで、今からおよそ5万年前にアンドロメダ銀河の惑星から地球に移住させられた人たちなのです。この惑星は寿命が尽きようとしていたので、プレアデスの宇宙人が宇宙船で移住させたのです。長い航海の間に、プレアデスの宇宙人の遺伝子を組み込まれて、平和を尊重し、互いに助け合い、自然と共存していく生き方をするようにして地球にやってきたのです。およそ4万年の間はよかったのですが、大陸からの移住者によって、土地を奪われ、虐殺されていったのです。その末裔がアイヌや沖縄の人たちなのです。この人たちの生き方を手本とする時が来たのです。

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