今までの神は、そのほとんどが高次元の存在の分身だったのですが、明王は特にその多くが天津神の化身でもあるのです。天津神はさらに、宇宙人の分身でもあるのですが、次元が高いと直接私たちに関わることができないため、いくつも次元を落すのです。小学生の子どもに大学の授業を受けさせてもわりません。子どものレベルに合わせるのです。
【金剛夜叉明王】
「我は金剛夜叉明王なり。我は悪に染まった魂を打ち砕くなり。さらに、魔物や邪悪な存在も打ち砕くなり。長きにわたってこれらの物を成敗し来たなれど、際限がないのが実情なり。この上は、悪の心に傾いた者が魔物に取りつかれた段階で成敗する他は無きなり。されど、中には先祖や前世の因果によって魔物が取りつく場合もあるなり。また、住まう土地や屋敷に巣くう魔物に取りつかれることもあるなり。それらの者は、ある意味での犠牲者なりしゆえ、救済するなり。自らの悪しき心によりて魔物を引き寄せる者は、容赦なく成敗するなり。そのことをしかと伝えるなり。我は、国之常立の大神の化身なり。この神の力を授かっているなり。我は魔物を焼き尽くすなり。」
【降三世明王】(こうざんぜみょうおう)
「我は降三世明王なり。我は人の邪悪な心を改心させるなり。人は善の心と悪の心を持っているなり。いつも善悪の狭間で揺れ動いているなり。されど、時に悪の心に大きく傾くことがあるなり。その時、我がそれを気づかせるなり。されど、「仏の顔も三度」ゆえ、何度警告しても、変わらなければ地獄に落とすなり。地獄とは、作り話にあらず。地獄はこの世にあるなり。ゴミ屋敷なる家に住まう者、錯乱状態にさせる薬に溺れる者、金のために人を殺す者、性欲にとらわれて我が身を性の奴隷とさせる者、さらにはギャンブルにすべてをつぎ込む者など、これまさに生き地獄なり。されど、地獄に陥っている者は、己が地獄にいることを知らぬなり。それゆえ生涯抜け出すことができぬなり。これこそが地獄なり。鬼が責め立てる地獄は作り話なり。真の地獄は、己が地獄に陥っていることを知らぬなり。今、多くの者が地獄に陥っているなり。我は、そのような者を助けることはせぬなり。されど、如来や菩薩が救いの手を差しのべるであろう。はたして、どれだけの者が改心するやら、100人に一人、改心すればよしとするなり。地獄に陥った者は、よほどでないかぎり、目を覚ますことはなきなり。今、地獄に落ちようとしている者に伝えるなり。今一度考えるがよい、己の我欲をいつまで追い求めれば気がすむのか、もうこれ以上はさせぬなり。さもなければ地獄に落とすなり。」
人の我欲には際限がありません。いかに我欲を少なくするか、ある意味でそれを体験するために人は生まれてくるとも言えます。しかし、本来ならば、転生するごとに我欲を小さくしていかなければならないのですが、逆に大きくしている人が多いのです。これでは、転生をする意味はありません。そのため、これからそのような人たちは淘汰されていくのです。すでにそれはさまざまな形で行われているのです。自然災害や戦争に紛争、そしてコロナなどの感性症やガン、さらには心筋梗塞や脳梗塞などで。
【大威徳明王】(だいいとくみょうおう)
「我は大威徳明王なり。我は悪しき物たちを一掃するなり。悪しき物とは、元は人の御霊なり。死ぬ間際まで人を恨んだり、憎んだりしていると成仏できぬなり。そのような御霊がいくつも合わさって悪しき物となるなり。悪しき物とは、悪魔、サタン、デーモン、デビルと呼ばれる物なり。これらの物は、人に取りつき、時に悪さをさせるなり。取りつかれし者は、操り人形となるなり。人を殺したり、傷つけたりするなり。まさに凶器となるなり。悪しき物は、さらに人々を互いに殺させるなり。国と国との争いは、その国の首長に悪しき物たちが取りついて行わせるなり。それは、昔も今も変わらぬなり。そのことで多くの人が亡くなり、また、新たな悪しき物を生み出すなり。悪しき物たちはそのように増えていき、勢力をのばしていくなり。我はそのような物たちを根絶やしにするなり。」
【阿修羅】
「我は阿修羅なり。我は元は邪神なり。されど仏の教えに感化され、帰依したなり。我は仏の教えを広めんとする如来や菩薩の役目を邪魔する物を成敗するなり。邪魔とは、邪気の魔物なり。邪気は人の想念よりできた物なり。いわゆる動物霊と呼ばれ、怒りは龍、不安は狐、頑固さは狸、嫉妬は蛇などになるなり。さらに、人の執着はさまざまな妖怪を生み出すなり。ゴミの山に住まう餓鬼、金のためなら何でもする金の亡者、薬中毒にさせる妖怪、淫乱にさせる妖怪、賭け事に溺れさせる妖怪、すべては人の金や物に対する執着から生まれ、同じような心を持つ人に取りつくなり、このような者たちを我は成敗するなり。いつまでも執着を持っているならば、その身を滅ぼすなり。」
【蔵王権現】
「我は蔵王権現なり。我は悪しき心を持つ者を一度は諭すなり。されど、改心せぬば成敗するなり。容赦はせぬなり。どのように成敗するかは、人によって異なれど、痛い目に会うことはまちがいなきなり。事故で片足を失う者、病気で片目を失う者、災害や火事ですべてを失う者、最愛の人を亡くす者、そして病気によって体の一部を失う者、これすべて悪しき心を改心させることなり。それでも改心せねば、命は無きものと思うがよい。」
【天部】
毘沙門天や大黒天、弁才天、吉祥天、韋駄天、帝釈天、梵天、摩利支天、歓喜天、増長天、広目天、持国天などは、やはり明王と同じような役目をはたしているのです。大黒天などは七福神としても有名ですが、これは人が勝手に作り出したもので、ご利益を授けてくれる神ではないのです。人は神仏を都合のいいように解釈してしまいます。また、神社や仏閣も多くの人に来てもらうために、やはり都合のいいようにご利益を吹聴します。それに多くの人が群がるのです。神仏の本当の御役目を知れば、いかに怖い存在であり、そして人を正しい道に導こうとしているかがわかるはずです。今、神社仏閣に多くの人がご利益を求めて参拝に詣でます。中には、御朱印帳を集めたり、パワースポットめぐりにはまっている人もいます。そのような人たちには、神仏の御加護は授かりません。それどころか、邪気や魔物に取りつかれてしまうでしょう。なぜなら、神社仏閣には多くの人の我欲が落とされていくため、邪気や魔物がはびこっているのです。安易な気持ちで行くと、それらに取りつかれてしまうでしょう。