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波動力通信No37【転生】

24年06月12日

人は何度も生まれ変わると言われています。いわゆる輪廻転生と呼ばれていますが、キリスト教ではこのような考え方はしていません。キリスト教では亡くなった後天国へ行って、キリストとともに復活すると考えらています。死後の世界観は宗教によってそれぞれ異なりますが、魂が存在することでは共通しているのです。

 

死後の世界観はさまざまですが、肉体が滅んだ後、魂だけの状態になることは共通しています。しかし、日本人の多くは魂の存在を信じていません。これほど多様な宗教を受け入れている国はないのですが、肝心の魂の存在については、タブー視しているのです。また、没後の法要や納骨、お盆など先祖の供養なども熱心にする人も、魂の存在はあまり信じていません。それこそ、僧侶自身が信じている人が少ないのです。多くの僧侶は現世の人を対象にしていて、亡くなった人たちの魂についてはほとんど関心はないのです。法要は亡くなった人たちのためではなく、残された遺族のためであり、寺の収入のためでもあるのです。

 

魂は何度も生まれ変わって、さまざまな体験をしていきます。すでに魂についてはお伝えしていますが、今回は特に転生についてお伝えします。通常、人生を終えるとその魂はそれまで過ごした人生をゆっくり振り返ります。映画館で映画を見るように、さまざまな人との関わりや一人で苦しんだことや悲しんだこと、さらには幸せや喜びを感じたことを振り返ります。そこで生きていた時には気づかなかったことを発見したり、相手の気持ちを知ることができるのです。何気なく言ったことが相手を傷つけたり、逆に励ましていたりすることを知るのです。特に、相手を苦しめたり傷つけたりしたことはしっかりと認識するのです。このような作業が少なくても数十年かかります。しかし、霊界の時間感覚はとても早く、私たちの10年が1日ぐらいに感じてしまうのです。十分な反省をふまえて、次はどのような人生にするのかをじっくり考えるのです。いくら考えてもわからない時は、いろいろと指導してくれる存在がいて、その魂に応じたプランを立ててくれるのです。

 

ある程度の目的やテーマが決まると、それに応じた場所や家族構成、人間関係やいつ頃生まれて、どのようなことを学び、体験するのかを決めていくのです。まさに人生と言う舞台のシナリオを作っていくのです。当然ながら、関わる人たちの調整や確認などもするため、かなりの時間を要するのです。およそ200年から300年の時間をかけて、入念な打ち合わせをして生まれてくるのです。子どもは親を選べないと言いますが、実は選んで来るのです。自分のテーマや目的に沿った親や環境を選んで来るのです。しかし、特例もあります。亡くなってすぐに生まれてくることもあるのです。可愛がっていた孫の子どもとして生まれて来たり、先立たれた夫が、娘の子どもとして生まれて来ることもあります。さまざまなパターンがありますが、いずれにしても魂は何度も生まれ変わっているのです。

 

転生することでさまざまなことを体験し、学ぶのです。一度の人生はあっという間に終わってしまうため、ある意味でやり直しも含めて何度も生まれ変わるのです。死んでしまったらすべてが終わるわけではないのです。

魂や転生があることを信じれば、人生を大切に生きていくことができます。何かしらの志が道半ばで終わってしまっても、来世でそれを続けて行うこともできるのです。また、因果応報と言う言葉がありますが、良いことも悪いことも今世で行ったことは来世に返ってくるのです。そのことをちゃんと信じていれば、今世で悪いことはなかなかできるものではありません。今、多くの人が前世の因果で苦しんでいます。今も昔も魂や転生、因果応報を心から信じている人は少なかったのです。そのため、我欲にとらわれて悪事をしたりすると、それが来世に降りかかってくるのです。無差別殺人に巻き込まれる人や、わき見運転などの交通事故に巻き込まれて亡くなる方の多くは、前世で人を殺したりしていたのです。今世はまっとうな人生を歩もうと生まれて来たのに、前世の因果を解消するために、不慮の事故で亡くなったりするのです。死んだら終わりではないのです。確実に良いことも悪いことも返ってくるのです。

 

人として生まれて来た以上、時にはウソをつき、時には人をいじめたり悪さをしたりします。しかし、それ以上に人のために何かしらのことをしていけば、悪いことは帳消しになっていくのです。悪の心と善の心のバランスをいかに取っていくかが試されているのです。私も子どもの頃はかなりの悪ガキで、警報機が鳴っている踏切を駆け抜けて電車を止めたり、農家のビニ―ルハウスに無数の穴を開けたり、脱穀がすんだ藁の山をトランポリン代わりに遊んで大きく崩してしまいました。他にもまだまだ悪事をしましたが、今は人助けを日々懸命にしているので、おそらくは帳消しになったのではと思っています。これからは徳を積んで、来世に回すことができたらと思っています。

 

しかし、転生はいつまでも続かない段階になってきました。人の魂はおよそ1000回ほど転生して、その次元を少しずつ上げていき、最終的には神界に行くことが目的なのです。しかし、多くの人の魂は我欲にとらわれてしまい、いつまでたっても同じ次元で生まれ変わっているのです。中には次元を下げている人もいるのです。このままではいつまでたっても、神の領域にたどり着ける魂はあまりないと大元の神は判断したのです。これ以上我欲にとらわれた生き方をする人は、淘汰することにしたのです。淘汰とは、魂自体を消滅させるのです。私たちの魂は素粒子の一つである光子がおよそ100億個、袋のような物に入っているのです。この袋を破いてしまえば、光子はチリジリとなり、宇宙のモクズとなってしまうのです。今まさに淘汰が始まっているのです。残される人と、淘汰される人がハッキリと分けられたのです。

 

しかし、まだ執行猶予はわずかながら残されています。少しでも人のために何かしらのことをするのです。たとえ小さなことでも、継続して行っていくのです。道端のゴミを拾うとか、公園の草抜きをするとか、近所の高齢者のゴミ出しを手伝ってあげるとか、いただいた野菜をご近所にお裾分けするとか、さらには何かしらのボランティア活動に参加するとか、何でもいいので、できることから始めていくのです。明日からできることを考えてみてください。

 

魂、転生、死後の世界、そして神仏、これらはすべて波動でできているのです。見えないからと言って存在していないのではなく、歴然と存在しているのです。ここまで説明しても信じない方は、残念ながら淘汰されていくでしょう。しかし、この通信を読まれた方は、きっと残される人であると確信しています。信じること、そして実践することが大切なのです。実践あるのみです。

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