八上姫神(ヤガミヒメノカミ)は因幡の白ウサギに登場する姫様で大国主神の妻になったのですが、正妻である須勢理姫神の嫉妬を恐れて実家に帰ってしまったとされています。これも事実ではなく、八上姫神は天津神である天之常立の大神の化身なのです。多くの天津神から伝えられてくるメッセージを人々に広めているのです。
天津神は高次元の存在なので、伝えられてくるメッセージは人間には理解することはできません。幼稚園児が大学の授業を受けるようなものです。そこで、少しでも難解なメッセージをわかりやすくするために八上姫神が御働きになっているのです。天津神のメッセージをどのようにして人々に伝えるのか、さまざまな方法があるのですが、一つは文字にして伝えます。多くの神話がありますが、その中のいくつかは八上姫神が人々に伝えたのです。直接ではなく、夢などで伝えたのです。そしてそれは口伝えで引き継がれ、文字によって今も伝えられているのです。もう一つは歌によって伝えられています。昔から語り継がれている民謡や童謡の中には、八上姫神が伝えたものがあるのです。その代表的な歌が「かごめかごめの唄」なのです。子どもの頃によくこの唄を歌いながら遊んだものですが、この歌詞はよくわからないところがあります。「夜明けの晩に」や「鶴と亀が滑った」などにはいろいろな説がありますが、実はこの唄は今まさに新しい時代に変わる状態を表現しているのです。
「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出会う」とは、籠が人の体を表わし、鳥とは魂を表しているのです。魂が何と出会うのか、それは神とつながるという意味なのです。「夜明けの晩」とは日が昇る少し前のことで、一番空気が澄み渡っている時を表しています。つまり、人類の生産活動がすべて止まった時なのです。工場も発電所も、そして車や飛行機も動いていない状態なのです。「鶴と亀が滑った」とは、鶴は白色なので善を表し、亀は黒色なので悪を表します。つまり善と悪が統べる、一つになるということです。大元の神にとって善も悪もなく、すべては一つなのです。「後ろの正面」とは、後ろとは人の影であり、正面は影を作り出す光、つまり神のことなのです。神にもさまざまな神が存在しているため、その人に合った神がつながるのです。まとめてみると、「人よ人よ、人の魂はいつ神とつながるの、それはすべての生産活動が止まって、地球の空気が浄化された時、そして争いごとをやめて互いに思いやれる状態になった時。どの神とつながるのかによってその人の役目は決まります。」
これが「かごめの唄」の解釈なのです。この謎めいた唄はいろいろな解釈がされてきましたが、正確に解釈されたものはありませんでした。なぜなら、この唄の真意が実現される時ではなかったからです。しかし、今まさにその時がきたのです。自然災害や異常気象、エネルギーの高騰、コロナの感染で世界中の生産活動が急速に低下しています。あとはロシアと西側諸国の紛争がいつ終息するかでその時期が決まってくるのです。おそらく、ロシアは追い詰められて核を使うことになるでしょう。そのことでロシアもヨーロッパも、そしてアメリカや中国もかなりの被害を受けることで終息していくでしょう。
「我は八上姫神なり。我は多くの神から伝えられてきた御言葉を、民がわかるように伝えてきたなり。それは神話や唄によって伝えてきたなり。されど、多くの民はそれを真摯に受け取ることもなく、今では忘れ去られているなり。どの神話も唄も、神の切なる思いがこもっているなり。特に、これからの時代をどのように生きていくかが示されているものをしっかりと受け止めなければ、生き残ることはできぬであろう。神と人がつながることが生き残る唯一の方法なり。「かごめの唄」はまさにそのことを伝えているなり。この唄が大昔からわらべの唄として伝えられてきたのは、その唄の意味がわからずとも、何かしらの深いものを感じ取っていたためであろう。されど、この唄を歌って遊ぶわらべもすでにいなくなったなり。この唄の真意が発現される時がきたなり。今一度この唄を歌うがよい。籠は肉体なり、鳥は御霊なり、そして鶴と亀は善悪なり、御霊が肉体から離れて神とつながる時が夜明けの晩なり。神とつながった御霊は肉体を超越させるなり。まさしく、鳥は籠から羽ばたくなり。」
「かごめの唄」はいろいろな解釈がされていますが、これが真相なのです。魂を肉体と言う籠に閉じ込めているのですが、神とつながるためにはその肉体から魂を分離させなければなりません。そのためには感謝と謙虚さを実践しなければなりません。つまり、我欲をそぎ落とすことで魂は肉体からいつでも離れることができるようになるのです。それは眠っている時に起こります。睡眠中に魂が体から遊離して、神界に行けるようになるのです。そこで、その人の魂はさまざまな神と巡り合って、波長の合う神とつながるのです。神とつながるとその神の力を授かるのです。神はそれぞれの御役目があって、その役目をつながった人に代行させるのです。その人は知らず知らずのうちに、神の御役目を果たすようになるのです。そのことがこれからの時代を創っていくことになるのです。
この通信は、神と人がつながるための起爆剤となっていて、それぞれの神仏の本当の御役目を知ることで神仏とつながることをうながしているのです。この通信は100号まで続きます。およそ100体の神仏の本当の素性と御役目をお伝えしていきます。実際にはもっと多くの神仏がおみえになるのですが、大方はこの100体の神仏で対応することができます。どの神仏が自分と会うのかを考えながらお読みになるとよいでしょう。きっとこれはと思う神仏と出会うことができるでしょう。「かごめの唄」は今まさにこの時のために創られた唄なのです。じっくりと歌詞を味わいながら歌ってみてください。
八上姫神は他にもさまざまな形で天津神からのメッセージを伝えています。「日本昔話」で語られているお話しの多くはこの神が伝えてきたものなのです。特に龍神や天女、鬼やお地蔵さんが出てくる昔話がそうなのです。はるか昔から語り継がれてきたものなので、いつのころにできたのかはだれも知りません。しかし、今でも語り継がれているのは、人の心に何かしらの影響を与えているからです。今からおよそ45年前からTVで放映された「まんが日本昔ばなし」10年にも及ぶロングセラーとなった番組で、多くの子どもから大人までが楽しみに見ていました。その後絵本となり、今でも多くの人が愛読しているのです。天津神からのメッセージの多くは、人は正直に生きることを旨とし、思いやりやいたわる心を大切にしなさいという内容が多いのです。昨今は「正直者が馬鹿を見る」時代となってしまいましたが、今こそ、天津神からのメッセージを実践していかなければならないのです。神と人がつながる時代はもうすぐ目の前に来ています。我欲をいつまでも強く持っている人は神とつながることはできません。つながることができなければ淘汰されていくのです。「正直者が馬鹿を見る」時代は終わろうとしているのです。